2009年6月30日火曜日

ズボン

昔は・・・と言うと、まぁ要するになんです。

年寄りの繰り言みたいなものですが。昭和を懐かしむだけの、勝手な話なんですけどね。

テーマはズボン。履くやつです。

昭和の小学生は、春夏秋冬を問わず、一年中半ズボンというものを着用していました。半ズボンといっても、ほとんどすそは無いわけで、ホットパンツといった方がいい。

小学生で長ズボンをはくというのは、特別な状況でしかありませんでした。例えば、林間学校。ハイキングで、草木の茂る道を歩くときなんかに履いたりしました。

いつもは半ズボンしか履かない少年にとっては、長ズボンが掃けると言うことは、何か大人に一歩近づいたような特別なステータスであったのです。

ですから、中学校に入って長ズボンを着用することは、大変嬉しいことでした。真夏の暑いときでも長ズボンをガマンして履いていることが、大人への階段の一段であったのだと思うわけです。

さて、時代は一気に平成となり、高校生の我が子を見ていると、制服の長ズボンの裾をまくり上げているわけです。雨だから、裾をダブルにしているとかいうレベルではありません。

二重、三重・・・いや、それ以上にまくって、ほとんどちょっとだけ膝下です。これで平気で人前を歩いて行ってしまう。

考えてみると、最近のこどもは小学生の時から長ズボンを普通に履いていました。彼らには、長ズボンに対するステータスなどというものは無いのです。暑いから、あるいは雨だから裾をまくり上げる。それが今時というものなんでしょうね。

それにしても、腰パンも変ですけど、裾まくりも変。時代の価値観がぶつかり合う瞬間なのでした。

2009年6月29日月曜日

出ました

出ました、ってパチンコの話じゃありません。

昨夜は例によって当直をしていたわけですが、2日前から高熱とのどの痛みの患者さん。インフルエンザの簡易検査で、ものの見事にA型陽性です。

まったくないわけではないにしても、通常この時期にインフルエンザというのはきわめて少ないわけですから、新型の可能性は大変に高い。

1ヶ月前なら大騒ぎになるところです。保健所の発熱センターへ連絡したら、集団発生でなければ普通にやってくれというつれない返事。もうPCRという詳しい検査はしないということです。

先週、そういう話が厚労省から決まったようですが、はっきりとしたアナウンスは無くどうも現場は置き去りという印象はぬぐえませんね。

と、いうわけで、皆さん、まだまだ気を抜いてはいけません。これからは患者の発生の把握はされないということです。くれぐれも気をつけてください。

2009年6月28日日曜日

あすなろ水族館2009 住民編

本来30cm水槽ですから、あまり魚を入れてしまうとすぐに水質が悪化するので、数匹を目安にした方が安心です。

ところが、素人の悲しさで、やはり一杯いたほうが賑やかで楽しいと思ってしまうわけです。その分水替えの作業が頻繁になり管理が大変なのに。わかっちゃいるけど、それも性というもんでしょうか。

と、いうわけで、まずはこれ。鯉の仲間でラスボラといいます。比較的丈夫で初心者向きといわれている魚。尾っぽの方の三角の黒い印が特徴。体調は3cm弱くらい。1匹250円。5匹で980円につられてしまいました。

なかなかかわいい奴で、仲間でまとまって泳いでくれるので、なかなか見ていて楽しい。

そして、さらにこいつ。トランスルーセント・グラスキャットというナマズの仲間。これも3匹980円につられて3匹購入。すごいのは、体の後ろ4/5くらいは透け透け。骨しか見えない。

なんとも不思議な感じですが、多少ゆったりとした動きで、見つめていると不思議な魅力があります。

いきなり8匹では、かなりこみこみかなぁ。お魚くんごめんなさい。

2009年6月27日土曜日

Consortium Classicum / Mozart Wind Serenades & Divertimenti

先月からはまっている木管楽器によるアンサンブル。エルガーベートーヴェンときて次第に古くなって次はモーツァルトです。

実際のところ、バロック・古典までの作曲家はそれなりに使っていたフォーマットですが、演奏会の形式が変わったことでこのジャンルは衰退しました。

つまり金持ちの貴族の屋敷の中でプライベートに音楽をBGMあるいは娯楽として楽しむという形から、演奏会場に出かけていって音楽そのものを聴いて楽しむという形に変わっていったわけです。

そこには興業としての付加価値が必要になってくるので、できるだけ多くの聴衆を集める必要が出てくるわけで、当然音の小さな楽器は必要度が減ってくるわけです。

またフランス革命以降、貴族の資金力が低下して、作曲家のパトロンとしての力も無くなってきたため、作曲家は貴族に取り入ることから、楽譜の出版や演奏会の開催などによって収入を得ることにシフトしていきました。

さらにベートーヴェンにより、音楽の娯楽性よりも芸術性が高められ、木管アンサンブルは貴族を楽しませるものとして低く見られるようになったのではないでしょうか。モーツァルトの時代には、もちろん貴族のパトロンは必須で、モーツァルトは彼らに取り入ることが生きていく上での重要事項であったわけです。

セレナードというジャンルは、そういう貴族を喜ばせるために小編成楽団によって主として屋外の夜会で演奏された軽めの音楽のことをいいます。そういう情景から、現代では恋人向けの甘い音楽としての性格が残っているわけです。

一方、ディヴェルティメントは同じく貴族が楽しむための室内で演奏される音楽のことで、このあたりはまさに楽しくなければ音楽ではないくらいのものです。モーツァルトはいろいろなジャンルで多作家でしたが、この分野も大変作品が多い。

主として弦楽を中心としたものとしては、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」はおそらくクラシック界きっての人気曲で、まず聴いたことが無い人はいない。すでにヴェーグ盤を紹介をしましたが、これで全部のような気になっていました。

木管中心のものはやや陰が薄かったのですが、映画「アマデウス」によって「グラン・パルティータ」が一気に有名曲になった感があります。あらためて、眺めてみると木管を無視してはモーツァルトのこのジャンルを制覇することはできません。

木管楽器のアンサンブルとしてはベルリン・アンサンブルが有名ですが、いろいろな作曲家を網羅的に録音しているグループとしてConsortium Classicumも有名。ベートーヴェンで縁ができたので、彼らのモーツァルトを探してみました。

このアルバムはCD7枚でcomplete盤ということで、是非とも手に入れたい。ただHMVではすでに取り扱っておらず、現状では廃盤のようなのです。そこで、今回はAmazonのお世話になりました。このアンサンブルは、もうひとつ"Mozart ?"と対するアルバムがあり、こちらではモーツァルトの贋作・偽作・疑作などを集めたマニアックなセレクションが興味深く、両方をまとめて聴いてみたいわけです。

実際のところ、大変楽しい。文句なし。ただでさえ聴いていて気持ちの良いモーツァルトですが、ここまでくれば完璧です。ただ、次第に衰退したジャンルであるということを何となく実感できるのも否定できない。

ベートーヴェンは一つ一つに楽器編成を変えたりしてバリエーションが感じられましたが、モーツァルトの場合は全部同じ。う~ん、究極のBGMとしては最高ですが、さすがに真剣に聞き続けるのはつらいかも。

実は、モーツァルトよりちょっと古いハイドンのものも手に入れたのですが、このフォーマットの掘り下げはここまででよいかもしれませんね。

あすなろ水族館2009 放流編

先週から準備をはじめたあすなろ水族館。とにかく水槽は大きいにこしたことがないと言われますが、物理的に管理が難しいので、とりあえず駄目もとで小さい30cm水槽を用意しました。

入門者はセットがいいだろうというわけで、濾過装置・ライトなどもついているお得なセットを購入。さらに絶対欠かせないヒーターと底砂も仕入れてきました。

さて、それから水作りです。水道水にカルキ抜きを入れ、毎日生物学的濾過をするためのバクテリアを投入して、水槽内を巡回させました。

月曜日には水草と流木を買ってきてセット。だいぶ水槽らしくなりました。そして昨日いよいよ住人を購入。

魚を水槽に入れるには、必ず二つのことをしないといけません。まずは、20分くらい酸素添加したビニール袋のまま水槽につけます。これは水温を合わせるため。

そして、もう一つは水合わせ。水質に敏感な魚だと、これをあせると弱ってしまうそうです。とはいっても、店員さんに聞いた簡単な方法でやりました。

つまり、つけてあるビニール袋に数cmの切り込みを数カ所入れます。あとはほっておくだけ。少しずつ水が出入りするので、ゆっくりと水合わせができるというわけ。そして、20分くらいそのままにしておいたあと、無事魚は水槽内に移動しました。

新しい住民となった魚の紹介はまた次の機会に。

2009年6月26日金曜日

時代の終焉

日本では忌野清志郎が死去したのは、ついこの前のことでした。

昭和の時代には、ほとんどの日本人はアメリカからの文化に毒されていました。音楽もドラマも映画も、アメリカ物が一番。日本には聞くべき音楽もなく、見るべき映画もないとでも言わんばかりだったのです。

清志郎はそんな時代に、日本の音楽を主張できた数少ないミュージシャンだったと思います。

今朝のニュースで、まずびっくりしたのはファラ・フォーセット死去でした。アメリカのテレビ・シリーズであった「チャーリーズ・エンジェル」で日本でも一気に人気がでました。

当時はこのポスターはどこに行っても見ることができました。シャンプーした後に、ドライヤーでぼさぼさに乾かしたような髪型が話題になり、多くの日本の若い女性は真似していたといいます。

つい数日前にガンで闘病中で、かつてのパートナーだったライアン・オニールが求婚したという話題を聞いたばかり。またこれで時代の終わりを感じるわけでした。

と、思っていたらさらにびっくりのニュースが飛び込んできました。マイケル・ジャクソン死去。この人、同い年なんです。ビート・イット、スリラーのあたりは、まさにアメリカン・ポップスの王様でしたが、そのあとは痛すぎる。

最近はイギリスで復活コンサートをするって、本気かいと思っていました。まぁ、亡くなった方をとやかく言うモンじゃありませんが、尽きるべくして尽きたという気がしないでもない。これも時代の終わりの一つであることには違いありません。

2009年6月25日木曜日

土日に病院が開いていない訳

テレビのバラエティで、土日に病院が開いていないのはおかしいというような話をやっていました。

横浜市都筑区ではDr.Mのクリニックを含めて、日曜日に診療しているクリニックはけっこうあります。

自分のクリニックは土曜日は夕方5時まで(平日は夜7時まで)開けていますが、日曜日は休診です。個人経営の開業医の場合は、基本的には医者が一人ですから経営者としてその気があれば休日にクリニックを開けることは簡単です。

ただし、開けることは簡単でも一緒に働いてくれるスタッフを確保することは大変。誰でも休日は休みたいと思うわけで、それはクリニックで働いている人でも変わりありません。当然人件費はかさみますが、このところの医療費抑制政策でどこのクリニックも余裕はありません。

しかし、都筑区のような新規クリニックの開業がとどまることを知らない地域では、患者サービスの充実のために休日診療も選択肢として無視できません。自分も、当初は日曜日診療というのを考えないわけではありませんでしたが、自分にも家族がいて責任がある以上、すべてをクリニックのためだけに費やすことはできませんでした。

平成20年4月の診療報酬(国が決める保健医療の値段)改定では、勤務医の負担を減らすために開業医が夜間・休日に診療を積極的にするように3割負担の方で150円の加算がつけられました。

うちの場合は土曜日の午後についてはこの加算を加えていますが、現実には明らかに患者さんが減ったという印象です。それまで午後に来ていた方が、午前中に来るようになって午後はゆったり。もちろん150円なら、ゆっくりできる午後の方が良いという方もいらっしゃいますが多くはありません。

このあたりは、国の考え方はピントがずれていると言わざるをえない。加算というやり方では、何も良くできないということは、今までにも何度となく経験しているはずなんですけどね。

それに比べて、病院の場合は事情がだいぶ異なります。医者だけが日曜日に働くというわけにはいかず、医療を行うために必要なスタッフの数は開業医の比ではありません。

また、さまざまな外注で行っていることもあり、それらの業者が日曜日でも営業していなければならない。医療に対する目が厳しくなって、ささいなミスも許されないような状況の中では責任を持てる体制が確保できない限りおいそれと休日診療はできないでしょう。

開業医でも同じことは言えますが、365日24時間緊張し続けて医療を行うことは人間として不可能だと言えます。ですから、日頃の診療に力を入れられるように、逆に土日にしっかりと休みをとるということは必ずしも非難されることではないと思うんですよね。

医者に関しては、開業医でも勤務医でも個人の技量による部分が多い仕事なので、誰かが変わってあげられる仕事とは違うという点を無視できません。医者のおごりと取られるとつらいのですが、それだけ大きな責任を負っているということです。

自分は昼休みでも夜でも、自分がクリニックいる場合は可能な限り患者さんを受け入れているつもりですが、さすがに現状での診療時間が肉体的・精神的・経済的にも一杯のところだと思っています。

そんなことを考えながらバラエティを見ていても、まぁ面白くも何とも無いわけで、結局パソコンに向かってしまうわけでした。

2009年6月24日水曜日

整形外科リウマチ医

抗リウマチ薬というのは、はっきり言って怖い薬です。怖い、というのは副作用で死亡するような患者さんが出るかもしれないということです。

だからと言って、薬を否定しているわけではありません。抗リウマチ薬の効果によって、多くの関節リウマチの患者さんが恩恵を被ることができるのは紛れもない事実なのです。

自分は整形外科医の立場から診療を行っているので、手術のような方法論に傾きがちと思われるかもしれませんが、整形外科医としては残念ながら関節リウマチはすでに整形外科領域の病気とは言えません。

過去には、薬の効果が期待できず、多くの変形に対処するため外科的な治療というのは大きな意味を持っていました。しかし、21世紀に入って大きな進歩によって薬剤による治療は大きく変わりました。

関節リウマチの患者さんの手術件数はどんどん少なくなっており、特に新しい患者さんでの手術は激減していると言えます。

現在広く使われるようになってきた生物学的製剤と呼ばれる新しい薬では、骨破壊の抑制あるいは場合によっては修復も期待できるのです。

遺伝子レベルでの治療が一般化してくれば、基本的には整形外科医が必要とされる場面はごく限られた物になると予想することは容易なことです。

しかし、ここで考えないといけないことは、病気は患者さんの中で起こっているということです。テレビ風に言うなら、「リウマチは試験管の中で起こっているんじゃない。患者さんの関節の中で起こっているんだ」と言う感じでしょうか。

ここに内科系のリウマチ医に対する整形外科医の優位性があります。手術を通して、腫れた関節というのが実際にはどういう状態なのかを肉眼で確認してきたことは、大きな強みだと思います。

また、骨破壊が進行することにより、関節周囲の靱帯などの弛緩から起こる不安定性などの問題を合わせて考慮できるのは整形外科医しかありません。

また、適切なサポータやリハビリテーションの指示を出すのも整形外科医の大事な役割なのです。ですから手術が減ったとしても、これからも整形外科医は積極的に関節リウマチという病気に関わっていかねばならないと考えています。

ですから、最初の文章に戻って、抗リウマチ薬をしっかりと理解して使いこなすことが必要になります。大変怖い薬を使うという覚悟を持つことが大切で、いい加減な使い方をするならリウマチ診療に手を出してはいけません。

たまたま、ある整形外科で「とりあえず飲んでみてください」と言われて不安になった患者さんと普通じゃない服用の仕方を指導された患者さんを診察しました。

抗リウマチ薬はとりあえず飲んで様子をみてみようというような気楽な薬ではありません。処方するならそれなりの確信が必要だし、飲む側にも覚悟が必要です。中途半端な内服をすることは副作用のリスクを一気に高めることになり、正しい服用を指導することは大変に重要なのです。これからも関節リウマチの診療に深く関わっていくためにも、整形外科医はしっかりと勉強をしていかないといけません。

保険診療という枠組みは大変に制約が多く、しばしば理想的な診療を行えないことがありますが、薬物療法・装具療法・手術療法・リハビリテーションなどの使えるものをバランスよく利用してできる限りの治療を行っていかなければならないと考えています。

2009年6月23日火曜日

エアコン

クリニックのエアコン。いつから入れるかって、けっこう問題なんです。

患者さんの暑がり方や寒がり方は千差万別。特に、整形外科の場合、物理療法をやる患者さんは短い方で20分、長い方だと1時間くらいクリニック内にいるので、ちょっとガマンというわけにはなかなかいきません。

先週までは、多少蒸し暑くても窓全開でやっていました。しかし、さすがに昨日は無理。

朝、クリニックの床の掃除をしていて、先週までは科学モップを楽に進ませることができたのに、昨日の朝はすごい抵抗がありました。こりゃ、だめだということで、ドライでエアコンを入れることにしました。

早速、患者さんの一人には「ついに入れたんですね」と言われてしまいました。今日は、もう何も考えずにすぐエアコン稼働。

ところで、実は診察室だけは、けっこう前からエアコンを使用しているのです。スタッフからは妬まれているかもしれないのですが、診察室は開けっ放しにできないところに、足元の電子カルテ用パソコンから出てくる熱風で、すぐに30度くらいになってしまうのです。

そんなわけで、診察室だけはクリニック全体とは別に個別のエアコンが入っているわけです。時々患者さんには寒い思いをさせているかもしれません。

話はかわりますが、今日は都筑区から新型インフルエンザ確定患者が発生しています。湿気が増えて、発生は沈静化すると思われますが、それでもまだまだけっこう身近なところであります。皆さん気をつけましょう。厚労省からは、一般診療所で診療するようにという話が出たようですが、まったくニュースになっていないのがいろいろな意味で気になります。

2009年6月22日月曜日

あすなろ水族館2009 準備編

最近までメダカを受付で飼っていました。何度か産卵して、最初のメダカからは孫の代くらいまで行きましたが、だんだん数が減って、ついにあと1匹ということになってしまいました。

ということは、雄でも雌でも、どっちにしてもこれでおしまいということ。だったら、いっそのこと・・・

というわけで、水槽を新調。熱帯魚にチャレンジしてみようということで、用意をしてみました。いろいろ調べてみると、夜店の金魚じゃないので、買ってきて水槽にポチャンと入れればいいというわけにはいかない。

とりあえず、水槽の中の水質を安定させておかないとだめだというので、まずはセットをくんで水をまわしている段階。さぁ、ここの住人はどんなのが来るのかはあと数日後のお楽しみです。

ただ、いきなりばかでかい水槽というが無理なので30cmの小さい水槽なんです。大きい方が飼いやすいということのようですが、場所とかメンテナンスのことがあるので、とりあえずだめもとでチャレンジ。

2009年6月21日日曜日

リウマチ勉強会 in お台場

さて、ここはどこでしょう。これですぐにわかる人はすごい。

まぁ、そんな隠すようなもんでもないので、早速答えを発表します。これは、ゆりかもめの台場駅。本日の本気雨の中を、出かけてきました。

田園都市線で東京へ。表参道で銀座線。新橋からゆりかもめに初めて乗りました。レイボーブリッジは車で通ったことは何度もありますが、電車でというのは初めてのことで、なんとなくわくわくしました。とは言っても、天気が悪くて視界が悪く、ほとんど景色は楽しめませんでした。

それはともかく、目的は関節リウマチの治療薬に関係した講演会。まとめ役は東京医科歯科大学の教授で、リウマチ学関係者の中では雲の上の存在の一人です。

特に聴きたかったのは、筑波大学の教授の話。最近、注目されている超早期リウマチの診断の話です。

もともと診断のために標準的に使われるアメリカの学会が作った診断基準は、すでに古く今のリウマチ学に即しているとは言えなくなっています。そこで、日本の学会の作った早期基準の方がスタートとしては利用しやすい。

しかし、早期の診断と治療開始が重要だと言われるようになって、いかに早く診断ができるかが重要視されるようになってきました。そこで超早期という考え方が注目を浴びるようになってきているのです。

今週、講演を聴かせていただいた横浜労災病院の先生もいらっしゃいました。まぁ、他には知り合いはいないだろうと思って、のんきに質問とかしてしまいました。と、思ったら女子医がらみの偉い先生方がいらっしゃることに後で気が付いて冷や汗ものです。

夕方には家に帰ってきました。夕飯を作っていると、出かけていた女性軍も帰ってきました。今日は別名「父の日」というものでして、新しい財布を貰いました。う~う~、忘れられてなかったよぉ~。

夜な夜な・・・

一昨日の夜は医師会で理事会でした。例によって報告事項、協議事項などが山ほどあって終了したのは10時過ぎ。

正直言って疲れますが、自分を含めて日中診療をしている理事が集まれることができるのは夜しかありませんからしょうがない。

帰りは、自宅が近くの先生に声をかけていただいて車で送っていただくことができたのはラッキー。

そして、昨日の夜は勉強会。整形外科疾患である骨粗鬆症と脊柱管狭窄症の講演を聴きに、横浜駅の近くまで行ってきました。

これも正直に言うと疲れがたまった来たなぁと感じていたのでパスしたい気分だったのですが、自分の同門の先生が関係していたりして、ちょっと久しぶりに顔をみたいと思っていたので頑張っていきました。

いやぁ、驚いたことに5人くらい懐かしい顔を見かけて、ちょっと嬉しくなりました。やっぱり昔からの知り合いというのはいいもんです。

もう一つ、出席したのには目的があって、専門医の資格継続のためというのがあります。専門医の資格を維持していくためには、こういう講演会などに出席して勉強をして一定の期間内に一定の数だけ単位を集めなければなりません。

自分の場合、開業してからはそれどころではなく、だいぶ余裕がなくなってきました。一番大きな学会が、この数年地方ばかりであるので、とても休診にして出かけていくわけにはいかないというのも理由の一つ。

勤務医の時には、地方の学会だと病院を休めて嬉々として出かけたものですが、開業すると(単に年を取ったからかもしれませんが)近い場所でないと行く気になりません。

何にしても、専門医というのも取ってはみたものの、もう少し優位性などが明確ならいいんですけど、実際の診療にはあまり関係ないかなぁ。ただ、自分の知識をいつもアップデートする動機付けにはなりますね。

2009年6月20日土曜日

臓器移植改正法案

6月18日、医療関係者にとっては気になる法律が国会で可決されました。

脳死を持って人の死とする、という法律的な定義が含まれています。今までの脳死臓器移植にはハードルが高く、国内での症例数はきわめて少ないという状況がありました。

そのため、臓器移植が必要な患者さんは外国で順番待ちをするという状況が、いろいろ物議をかもしていたことは事実です。ですから、救える命を救うために、人道的な立場からもハードルを下げて、国内の臓器移植環境を整備していくことは必要と考えられています。

ここで、一番問題になるのは、「死」の定義ということだと思います。生物学的には死とは、生命活動の停止を意味するわけで、何らかの自動的な活動が確認できなくなった時のことであろうと思います。

ですから、心臓の停止というのは生物学的な確実な死と言うことは言えると思います。心臓が止まれば、血液循環が停止し、全ての活動は数分後に完全に停止することは間違いありません。

それに対して脳死は「人らしさ」の停止です。人間が地球を支配する動物として君臨する根本は、脳の発達により頭で考え、いろいろな情報を整理して、効果的な行動にフィードバックする力が優れているということです。

従って、脳の活動が停止してしまうと、人が人らしく活動することは不可能となり、ほぼ全ての場合に活動の再会は不可能と考えられます。

誤解を恐れず簡易な表現をするなら、心臓死は肉体の死で、脳死は精神の死ということができるかもしれません。このあたりをどのように考えるかで、脳死臓器移植に対する考え方は大きく異なってくると思います。

自分には、どちらが正しいというようなことはとても言えません。少なくとも、どつらにしても臓器移植をするためには「命」が消えることは間違いないので、助かる命も大事なんですけど、消えていく命のこともしっかれり議論しないといけないのではないかと思います。

2009年6月19日金曜日

辻井伸行君

6月7日、ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール史上初となる日本人優勝者が誕生。しかも、優勝した辻井君は全盲のピアニストで、そのことが話題をさらに大きくし、このところ日本人はみんなクラシックピアノ好きになってしまいました。

もちろん、クラシックファン、特にピアノの大好きな自分としても大変嬉しいニュースで、文句なしに辻井君には拍手を送ります。すでに彼の出した2枚のCDは、突然チャートの上位に進出し、売れに売れています。

ここであまのじゃくな自分は、ちょっと待てよと。宮里藍ちゃんしかり。福原愛ちゃんしかり。石川遼君しかり。どうも、日本人は一気に騒ぎすぎる。本人達がじっくりと修練して、本当に大きく飛躍するのをじっくりと待つことはできないのでしょうか。

ところで、辻井君のピアノですが、正直言って自分にはまだまだよくわからない。独奏のアルバムは有名曲の寄せ集めですから、新人の売り出し用みたいなもので、それほど面白いものとは思えない。

コンクールでも弾かれたラフマニノフの協奏曲2番の演奏は、自分も昔から大好きな曲ですが、オーケストラが強すぎて、ピアノもやや派手すぎる曲。ピアニストの真価を聞き分けるのは難しいかなぁ、と思っています。

一つのコンセプトで貫かれた独奏アルバムが出たら是非聴いてみようと思っています。

2009年6月18日木曜日

都筑区最大の医療モール

今日は木曜日。木曜日と言うことは午前中だけですが、センター南医療ヴィレッジで診療をしているのは、うちのクリニックだけです。

2005年4月に最初に開業した泌尿器・皮膚科は最初から木曜日は休み。小児科は開業して半年くらいで休みにしてしまいました。

うちの開業は2005年12月。ちょっと先に開業した眼科も1年で木曜日は休診にしました。内科は最初から木曜日は休みですが、日曜日に診療をしています。なんで休診にするかというと・・・まぁ、いろいろな理由があるでしょうから、それは置いておきましょう。

うちは3年半を超えても、まだ休診にする予定はありません。まぁ、経営的にまだまだ、というのもありますけど、とりあえず木曜日を休診にする理由が無いという単純なところ。まぁ、モチベーションを持ち続けるための一つの要素・・・とでもいいましょうか。

ただ、今週は梅雨入りしてじめじめむしむししているせいか、どうも元気がでません。今日も、クリニックを終えてから往診、それから近くの病院でリウマチ患者さんの手術。その後、夕方から区役所で危機管理の協議会に出席で、さすがにちょっとへばりました。

とはいえ、やることがあるというのは良いことで、そんなことを続けていられる内は大丈夫(何が?)。

さて、8月からはセンター南医療ヴィレッジに耳鼻科ができます。今週から内装工事がはじまりました。3階のコーナンホームセンター側に長らく空き室になっていたところが、やっとうまりました。

すでに先生とはお会いしましたが、大変ソフトな人柄で、ますます村の運営会議が楽しみです。これでたいていの病気のプライマリーケアは、センター南医療ヴィレッジだけですむようになります。また、それぞれの先生の専門も充実。都筑区最大の医療モールの完成です!!(って、宣伝かい)

空から降ってきた物は・・・

日本各地で、空からおたまじゃくしがふってくるという珍事が続発。

これは、UFOの仕業か。はたまた、竜巻のような自然現象が原因なのか。

どっちにしても、落ちてきたおたまじゃくしが干からびて死んでいるのは、あまりロマンチックな話じゃありません。

どうも、犯人は鳥のようですね。サギがウミネコと一緒になっておたまじゃくしを飲み込んだのはいいけれど、自分の餌じゃないことに気が付いたり、何かに驚いたりして後から吐き出した・・・

って本当かいな。

2009年6月17日水曜日

DAS28

ダスにじゅうはち、と読みます。

これは何? って、普通は皆さん知らなくて当たり前。関節リウマチの病気の状態を評価するための方法なんです。ヨーロッパの学会が提唱して、この数年でだいぶはばをきかしてきました。

痛みのある関節の数、腫れている関節の数、血液検査の炎症の程度、そして患者さん自身のつらさの評価をつきまぜて、複雑な計算式にから算出するものです。

関節リウマチの評価と言うのは、けっこう難しいんです。まず自覚症状が痛みですから、個人個人で痛みの感じ方が違うため、医者の評価とだいぶ食い違う場合がよくあります。

関節が腫れている状態も、リウマチの直接的な影響で関節の中から腫れている場合と、血流が悪くなってむくんでいるような腫れ方をしている場合もあります。

痛みのある関節も、全ての関節が評価対象にはなっていなくて、比較的症状を出しやすい足の指の関節は含まれていません。

血液検査の結果も、人によって様々です。検査結果が悪くても調子が良いという方もいれば、結果が良くても不調という場合もある。

検査結果をよくするに越したことはないのですが、最終的には検査結果を良くすることが治療ではありません。医者が相手にしているのは人であり、症状が改善しないことには病気の治療とは言えません。

だからといって、患者さん自身の評価だけに流されてはまずい。うーん、どうする。というわけで、DASのような主観的な評価と客観的な評価を混ぜた方法が採用されるわけです。

他の人と比べて病気の状態が良いのか悪いのか、あるいは以前より病気のが良くなっているのか悪くなっているのかというような判断をするためには、DASのような指標が必要になるわけです。

しかし、このような違う基準のものを無理矢理まぜていることに対しての妥当性がどこまであるのか、疑問は残ります。多少すっきりしないわけですが、とりあえずは我慢して使っていくしかないかと思っています。

リウマチ勉強会 with 横浜労災病院

昨夜は新横浜で関節リウマチの勉強会。

専門医の継続のための単位もなく、内容的にはあまり目新しい話ではなさそうだったので、正直言うと興味はありませんでした。

でも、話をしていただけるのが、横浜労災病院のリウマチ科の先生だったので、病診連携のためにも是非お話をしたかったので参加しました。

実際、雨で天気が悪かったせいもあってか参加者は少なく、自分としては濃厚な会になりました。

横浜労災病院の先生とは、去年名刺交換をしたことがあるのですが、その時はあまり話をする時間がありませんでした。昨夜はいろいろお話ができて、楽しかったですね。

開業医は一人で、あーだこーだと悩んで診療を続けているわけですが、こういう他の先生と話ができると、目からうろこのようなことがしばしばあり大切だと思います。

2009年6月16日火曜日

夕立

連日の夕方からの雨。でも、これっていわゆる「夕立」っていう奴ですよね。

夕立というのは、何となく昭和の香りのする言葉ですね。今じゃ「ゲリラ豪雨」なんて、どうも味も素っ気もない。

昔はね・・・っていうのは、年寄りじみていますけど、昭和は夏になると夕立ってものがよくあって、ざーっと雨が降る。

雨水はどこでもしみ込む場所があったので、浸水するなんて騒ぎとはとんと無関係。そのかわり、雷がごろごろ、ピカっバリバリ、ドッシャーン。

すると、たいてい停電するんです。東京ですよ、渋谷の話ですよ。ですから、蝋燭は必需品。空が一転にわかにかき曇り雷鳴が轟くと、どこの家でもいつ停電してもいいように蝋燭を準備して家族が固まってひっそりとしていたもんです。

ホラー映画じゃないのに、真っ暗になって、稲光が走るのが怖かったですね。

でも、はやくに雨があがれば、すっきりとした青空が見えて、時には虹もかかって、さっきまでの気分をいっきに盛り上げてくれるのでした。

2009年6月15日月曜日

関節リウマチと骨折

リウマチ患者さんと骨折は、なかなか切っても切れない。

今日は、もうかれこれ大学以来10年近く診察させていただいている患者さんが骨折をしてしまいました。足の付け根の骨折で、基本的に手術をするしかないので、すぐに入院先を手配しました。

その前は2年前、別の患者さんで腕と足の骨折。けがのない手足も変形があるので松葉杖を使うことができません。

状況によっては、歩けなくなって寝たきりになってしまうかもしれないわけですから、健康な人が骨折するのに比べて深刻度は高い。

まずは、関節の変形などがあると不安定性が出てきたりして、転んだときなどにぐらぐらして体重を支えられずに骨折をしやすい。

また、いろいろな変形があると、どうしても十分な運動ができませんから、筋肉も弱くなり、骨も萎縮していますから体を支える力がさらに少ないと言えます。

そして、薬。痛みを効率的に取り除くためにしばしば副腎皮質ステロイドが使われますが、その副作用で骨が弱くなる、いわゆる骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が進みやすい。

そもそもリウマチの変形というのも、ある意味では骨折の結果なのです。リウマチ関節の中では炎症を起こした組織が増えて、そこから骨をいためる物質が出てきています。そして、骨の中に炎症組織が入り込んでいくわけです(パンヌスと言います)。ちょうど酢の入った豆腐みたいな状態を想像してみてください。

そこに力がかかると、弱くなった部分が陥没するようにつぶれてしまいます。これが一種の骨折なわけですが、レントゲンで逐一確認できるようなレベルではなくミクロの世界のことなのです。しかし、ちりも積もれば山となるで、いつしか見た目にわかる変形へとつながっていくわけです。

なんにしても、通常の骨折の治療と比べると、リウマチの患者さんの骨折は、状態によってはいろいろと考慮すべきことが多いので大変です。

骨質が弱いので、通常の手術方法では骨折部を固定できないかもしれません。あとのリハビリも松葉杖が使えないため時間がかかるかもしれません。リウマチの変形も合わせて考えて治療法を選択しないといけない場合もしばしばあります。

ですから、できるだけ骨折をしないためにも、痛みを我慢するというのはあまり解決にはならないわけで、できるだけ日常生活の力を減らさないようにすることが大切なわけです。

2009年6月14日日曜日

ちょっとひっかかること 3

こっちは中年のおじさんですから、ちょっとひっかかるなぁ、と思い出したら何でも気になります。あれも、これも、おやっと思うことばかり。

だからと言って、何か行動を起こすわけではないわけで・・・だから小市民のおっさんなわけでして。

例えば、日本郵政の社長人事の話。単純に一般の会社なら、確かにいろいろおかしなところがあって、社長の続投については疑問があるかもしれません。

それなら株主総会みたいなところで決まるのでしょうから、そもそも誰かに任命の権限があるというのがおかしい。

郵政民営化を進めた竹中さんは、民間の問題に閣僚が口出しするのは筋が違うと発言していますが、そもそもそういう権限が政府にあることで純粋な民間企業とは言えないわけで竹中さんの発言そのものにはひっかかります。

じゃあ、鳩山さんが正しいかというと、ご本人は最高のパフォーマンスと思っているかもしれませんが、自分にはただの意固地になっている頑固オヤジにしか見えませんし、自分が正義だと言うのには鼻白むしかありません。

そもそもかんぽの宿の売却問題では、確かに安すぎるというのは正しいのでしょうが、ひとつひとつの資産をそのままの値段ではだれも買わないくらいの物なのですから、まとめて安売りというのが必ずしも悪いとは思えません。

鳩山さんは、そんなに気に入ったのなら相場価格で買ってホテルとして経営してみたらどうでしょう。

総理大臣も、閣僚の辞任は4人目ですが、いずれあれこれ言われてからのタイミングの遅れた決定で、どう見てもリーダーシップがあるようには見えません。

閣内不一致の誤解を生んでいるような印象を与えそうなので・・・という説明をしていましたが、印象どころか、誤解どころか、完全な不一致でしょう。

こういう政治家の発言には国民はうんざりしているということがわからないのでしょうかね。そういう感覚の中で育つことが政治家の世襲の問題点なのかもしれないですね。

2009年6月13日土曜日

ちょっとひっかかること 2

さて、WHOはついに新型インフルエンザの世界規模の拡大を考慮し、PHASE 6を宣言しました。これは、新しい「病気」として、当分の間気が抜けないと言うことを意味しています。

日本では、やや出だしでのヒートアップに対する反省から逆に妙に冷えてしまい、今回のPHASEアップについても意外と話題になりません。このあたりは、メディアのあり方に大いに疑問を感じるところです。

確かに、弱毒性であり重症感はありません。しかし、国内では梅雨時になって湿度もだいぶあがっているのに発生はそれほど減っているとは思えません。今でも、集団感染による学校閉鎖などが断続的に行われています。

神戸市長は、経済的損失を抑えるために終息宣言をするように国に要望するという、いかがなものかというような対応をしています。

しかし、一番の問題は新型インフルエンザの拡大のPHASEの定義が、強毒性を前提にしているという点にあります。拡大の地域的な範囲だけで、行動規制をすることにそもそも無理があったわけです。

発生後の重症度と治療に対する反応性なども考慮した、実質的な危険度を策定して警戒レベルを修正していくような考え方をしないと、いろいろな矛盾が拡大していくように思います。

もっとも、今回の新型インフルエンザについては、発生したのがメキシコからという点が、いろいろな誤解を起こす原因の一つにありそうです。あまりの死者数の多さに、病原体の毒性に対して謝った理解をさせたことは否めません。

とにかく世界規模での警戒が必要なことは間違いないわけですから、基本的な対策は当分の間継続していくしかなさそうです。

ちょっとひっかかること

昨日のテレビ朝日の報道ステーション。

おそらく検察庁出身のコメンテータの方だと思うのですが、こんな発言。

西松建設関連の小沢一郎秘書逮捕についての民主党第三者委員会による検証報告を受けて、小沢一郎氏の場合は自民党議員の場合より悪質で罪が重いから逮捕したわけで、たまたまそういう政治の時期だっただけ。逮捕したことで十分に説明は果たしていると言う内容のとをお話ししていました。

でも、決定的に納得できないのは、罪の大きさを決めるのは裁判所であって、検察ではないでしょうということ。

単に罪を暴くことが仕事のはずですから、そこには公平性がないといけないんじゃないんですかね。

国民目線からは、こっちは捕まえて、あっちはほったらかしというのはよくわかりません。だから、国策捜査とか言われているんでしょう。

2009年6月12日金曜日

Let's 医師会 6月

本日は、医師会の医者、医師会関連の訪問看護・在宅医療などのスタッフ、区役所の医療・介護・福祉関連の仕事をしている方々、横浜市ケアプラザの所長さん達、さらには昭和大学横浜市北部病院のソーシャル・ワーカーの方々などを一同に集めての「連絡会」でした。

というか要するに顔の見える関係を構築するためのざっくばらんな懇親会でした。大勢の方々がいて、なかなかどこから挨拶をしていこうか悩んでしまいます。

自分の仕事は災害関係なので、特に行政との関係をうまくしておかないと駄目です。今年の区役所の人事異動は、普通なのかかなり派手なのか自分にはわかりませんが、少なくとも自分にとっては大変移動が多くてびっくりしてしまいました。

また、少しずつ顔をつないでいかないとと思っています。まぁ、どんな仕事でも知らない人とするより知っている人とやったほうがスムーズですよね。

今月から、また区役所の定期的な会合も始まります。自分のできることはたいしてないのですが、少しでもうまくいけばと思います。

2009年6月11日木曜日

梅雨入り

昨日、関東地方も梅雨入り。きょうは、朝からほこらしげに雨が降っていましたが、お昼頃からは晴れ間が出てきました。まだ多少は遠慮があるんでしょうか。

日本には四季があって、その移り変わりが日本人の感性を作り上げてきたわけですから、暑い夏を迎える前のアクセントとしては我慢をしないといけない1ヶ月間というところでしょう。

可愛い傘やレインコートで雨の季節を楽しみましょう、とか朝の情報番組ではいろいろ特集をしますけど、まぁ男性にはあまり関係ない。

そもそも自慢じゃないけど、今使っている傘は20年前に病院の移動の時に記念にといただいた物。やはり、単純に梅雨を楽しむというわけにはいきません。

まず、ナメクジ。あちこちに這い回って、時には風呂場にも侵入してくる。食パンとかはすぐにカビてしまう。洗濯物は乾かない。妙にムシムシするのでじとーっと汗をかく。なかなか簡単に気分を盛り上げることができません。

その点、アメリカはどうなんでしょうか。というのは、雨というとジーン・ケリーのミュージカル映画「雨に唄えば」がすぐに思い出されるのです。

実に楽しそうです。もっとも恋して舞い上がっているシーンでずぶ濡れになって歌うのですから、楽しくないわけがない。

それと、もう一つ必ず頭に浮かぶのが、「明日に向かって撃て」の主題歌で「雨にぬれても(Raindrops Keep Fallin' On My Head)」です。ここでも、ポール・ニューマンとキャサリン・ロスが実に楽しそうでした。

雨のとらえ方にも文化人類学的な差異がいろいろあるんでしょうね。

2009年6月10日水曜日

Date

・・・と、書いて「ダテ」と読む。デートではありません。伊達公子が、WINBLEDONの招待選手に選ばれたというニュースにちょっと感動。

自分も一応は大学では硬式庭球部主将をやった男です。今や見る影もありませんが、テニス関連の話題には知らぬ存ぜぬを決め込むことはできません。

自分が現役でテニスをやっていた頃のスター選手は、コナーズ、ボルグ、マッケンロー、エバート、ナブラチロアといったところ。

日本人は、まぁいなくても困らない存在でした。唯一、沢松和子さんがダブルス優勝という突然変異のような快挙がありました。神和住がちょっと年取ってきて、せいぜい、福井烈くらいでしょうか。

少しずつ世界で活躍できる日本人選手がでてきて、伊達公子もけっこうがんばりましたよね。なんといっても日本人で初めて世界ランクベスト10入りしたわけですから、そりゃ頭が下がります。

1996年に一度引退をしましたが、昨年4月現役に復帰。来年は40歳になろうというのですから、そのバイタリティには敬服します。

伊達は最初の現役時代は確かに凄かったが、たえず緊張の中での生活だったのではないかと思うんですよね。いつでも、上に上にという思いが先行して余裕がなかったんではないでしょうか。

それに比べて、復帰後は本当にテニスを楽しんでいるように見えます。もちろん、気持ちは一杯で大変だろうと思いますが、昔のような気負いが少なく、勝っても負けても一つ一つの試合を悔いの無いように戦っていることが、楽しんでいるように見える原因なのかもしれません。

まぁ、当然WINBLEDONで上位に食い込むことは無理かもしれませんが、伊達らしいテニスで我々を一試合でも楽しませて貰いたいと思います。

2009年6月9日火曜日

続・おっさん顔

そもそも、なんでおっさん顔の中学生が気になるかというと・・・

実は、開業してからだいたいいつでも同じ道を通ってクリニックに「通勤」しているわけです。そこで、開業したてのころ、妙に目につくおっさん顔の、たぶん中学生を見かけました。

かなりのほってり腹で、相当な貫禄です。いつも、汗をかきかき坂道を上っている様子を見て、なんか陰ながら「がんばれ~」と応援していました。

開業したばかりの自分を応援するような気持ちもあったのかしれません。

ずーっとそんな感じで彼を見てきたのですが、今年の4月からは見かけなくなってしまいました。おそらく、中学・高校ときて卒業したんでしょう。4月から新しい生活をスタートさせたんだろうと思います。

それで、自分の子供が巣立ったような・・・とまではいかないにしても、こちらは何となく寂しいわけです。それで、新しいおっさん顔の中学生を毎朝思わず捜しているという事だったのでした。

2009年6月8日月曜日

おっさん顔

今朝、おっさん臭い中学生・・・と思う少年を見かけた。別に加齢臭が漂っているわけではない。

何がおっさん臭いかというと、まず髪型。いわゆる七三なのである。

う~ん、それだけでも十分な感じではあるが、さらに今時珍しいへそより上の高さにベルトなのだ。しかも、ちょつとメタボ。服は白い半袖ワイシャツにグレーの夏服ズボンという、ごく普通のいでたちである。

最近は腰パンの格好に目が慣れてしまい、普通以上に高い位置でベルトをしている姿はかえって新鮮かもしれない。

身長はまだ小学生だったのはそんな昔ではないことを想像させるが、顔は・・・まさにおっさんであった。

だからと言って、この子が駄目なのではない。きっと、大変真面目ないい子なのだろうと思う。今は老けているが、そういう子は年を取ってからはむしろ若く見られるに違いないのだ。

そう、今は無理かもしれないが、君は中年以降に花開くはずなのだ。それまで、じっくりと熟成してもらいたいと思うのであった。

2009年6月7日日曜日

Sigiswald Kuijken / J.S.Bach Cello Suites

チェロという楽器はヴァイオリンみたいな形をした弦楽器で、膝と膝の間に挟んで演奏するわけです。コントラバスより小さく、ヴィオラよりは大きい。

ところが、今のような形態となったのは、18世紀末からのようで、昔はどうも違うみたい。バッハの頃にはヴァイオリンのように持って、肩や胸で支えて演奏していたらしく、モーツァルトの時代になって床に置いて弾くようになったというのです。

ということは、今は主に低音のパートを受け持つため、ボディを大きくして反響しやすくしているわけですが、この大きさではとても手持ちでは演奏していられません。つまり昔はだいぶ小さかったんだろうなと、容易に想像できるわけです。

クラシック音楽の世界は通常現代楽器で演奏するわけですが、作曲者の時代の音にできるだけ忠実に近づけたいと考えている演奏家がいます。そういう人たちが使う楽器が古楽器。ピアノなら、モーツァルトを弾くならフォルテピアノかクラヴィアコードでないとと考えている。バッハをモダン・ピアノで弾くなんてもってのほか。カラヤンとベルリン・フィルの大迫力超弩級オーケストラなんてくそくらえ。

まぁ、そこまでいかないにしても、古楽器信奉者はかなりこだわりを持った人たちであることは間違いありません。クイケンというヴァイオリン奏者も、そんな一人で古楽器界を鍵盤楽器奏者のレオンハルトとともに支えているわけです。

そこで、バッハの時代には今のようなチェロは無かったわけですから、無伴奏チェロ組曲を再現するために当時存在していただろうショルダー・チェロ(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)を復元しちゃったというわけです。

実際のCD発売は弟子の日本人奏者寺神戸亮に先を越されてしまいました(2008年2月録音、6月発売)が、クイケンは2004年に楽器完成直後から精力的に使用して、2007年についに無伴奏チェロ組曲を録音、そして2009年になってやっと発売になりました寺神戸氏のブログに解説があります。

正直に言って、自分の場合はあまり古楽器というものにはこだわりはありません。いくら楽器だけ、あるいは奏法を古めかしくしたって、バッハの時代の空気が戻ってくるわけではないので、モダン楽器でも良い音楽の価値は変わるものではないと思っています。

じゃあ、この演奏はどうなのかというと、けっこういけているのです。楽器が小振りになってチェロの音の厚みが失われるのではないかと最初は考えたのですが、意外や意外。確かに低音はやや貧弱な感じは否めませんが、その分を十分すぎる共鳴で補っているようで、ほとんど違和感を感じません。

逆に言うと、これだけの響きを手持ち楽器で出すためには相当な腕力というか、体力が必要なのではないでしょうか。たぶん弓の弾き方一つで相当音が変わってしまうんでしょうから、特に早いパッセージではさぞかし大変だろうと想像します。

もっとも、そういう理由ですたれてしまったんだろうと思いますけど、とにかく演奏自体は悪くありません。オリジナルへのこだわりはともかく、比較的素直な演奏で、しっかりした響きが心地よい。こういうのもありかな、という感じでした。

Pierre Fournier / J.S.Bach Cello Suites

高校生から浪人していた頃にヴィスコンティ監督の映画にはまっていた時、音楽にクラシックが多用され、しかもチェロの響きが印象的だったせいもあり、その頃からチェロのおちついた音色が好きでした。

レコードからCDに移行し始めた80年代にいくつか数少ないクラシックのCDを購入しましたが、そのほとんどがチェロ作品でした。その中で、たまたま何の前知識もなく購入したのがフルニエの無伴奏。

ピエール・フルニエ(1906-1986)は、フランスのチェロ奏者で、「チェロの貴公子」と呼ばれロストロポーヴィッチよりも少し古い。今から考えれば、恐れ多いことに十分すぎるくらいチェロの巨人だったんです。

バッハの無伴奏チェロ組曲はもともと練習曲という意味合いから、20世紀になるまであまりかえりみられていなかったそうです。

それを、チェロ奏者にとっての聖典として一気に脚光を浴びるようにしたのは、巨匠カザルスの功績であることは疑いもありません。ただ、自分のようにいい加減なクラシックファンは、わかっているけど戦前の古い録音を一生懸命聴く気になれません。

フルニエは何度も録音があるのですが、偶然手に入れたのは70年代のもので、現在は廃盤なのかHMVでもAmazonでも手に入らないようです。チェロしかないのに大変深みのある音空間にえらく感動したものです。

これが当然バッハの無伴奏チェロの自分にとっての規範となるわけですから、他の演奏を聴く時にはどうしても比べて善し悪しを決めてしまいます。しかし、デュ・プレの若い力も、ヨー・ヨー・マの力強さも、ビルスマの古楽器の魅力も今のところフルニエの上にはいきません。

2009年6月6日土曜日

シャツイン

あなたは、シャツをズボンの中に入れますか? それとも、ズボンの外に出して着ますか?

そんなことで、自民党の細田幹事長は、小池百合子さんに「おじさん」臭いところを指摘されてしまいましたね。シャツは種類によって、出して着るか入れて着るか決まっているようですから、おしゃれにうるさい人なら、ちゃんとこだわりをもって着こなしているんでしょう。

でも、ファッションの自由化は止まるところ知りません。ある意味何でもありという状態なので、絶対的な着こなしなど個人の主観によってどうとでもなる。

「このシャツはズボンの中には入れてはいけない」などと指摘しても、実際本来ズボンの中に入れるべきワイシャツを出して着るのもありなわけですから、個人的には幹事長さんは好きではありませんが、ちょっと可哀想な感じがするのでした。

実際のところ、自分の場合は圧倒的にズボンの中に入れていることが多い。カラフルなカジュアル系のワイシャツの場合は下にTシャツで、上に羽織る感覚で出していることがあります。またジーンズ系の場合はさすがに出している。

まぁ、たいてい持っているシャツはワイシャツなので、出しようがないというのも現実ですが。ただし、ワイシャツはごく一部の例外を除いて、ほとんどがボタンダウン。

なんでかというと、昔から手術の時に着替えるわけですが、ボタンダウンだとネクタイをゆるめるだけで外さなくても、Tシャツのように脱ぎ着ができるのです。

研修医のころは手術が終わると、一目散に着替えて手術室の出口の患者さんの乗ったストレッチャーを受け取り病棟に戻らなければならなかったので、とにかく着がえに時間がかけられなかった。ボタンダウンなら頭からかぶって、ボタンを2つとめ、ゆるめてあるネクタイをキュっとしめればOK。

そんなわけで、ボタンダウンの習慣がしっかり身について離れないのでした。

2009年6月5日金曜日

アメ車

アメ車、要するにアメリカの自動車。フォード、クライスラー、GMというアメリカの今日の発展を大きく支えたメーカーがここに来て息も絶え絶え。クライスラーに続いてGMも倒産ということで、時代の移り変わりは無情そのもの。

今や外車と言えば、ベンツかBMW。そうでなければ、ボルボ、シトロエン、プジョーなどの方が思い出しやすい。

昭和の大人にとっては、アメ車はステータスそのものでした。しかし、日本ではスーパーカー・ブームを境に、ヨーロッパ車が人気を誇るようになり、アメ車はガソリンを消費するだけの下品な大きいだけの車になってしまった感があります。

昭和の時代は、文化といえるものは何でもアメリカから入ってきた。チョコレートやポテトチップといったお菓子。音楽もプレスリー。テレビドラマもアメリカの番組ばかり。そういう中で、アメ車は最高にかっこいいアイテムとして、みんなの憧れだったんでしょう。

そうなると、しだいに景気がいい人が乗るようになり、いつの間にか暴力団の公用車のようなイメージが定着したのも災いしたかもしれません。真っ黒のキャデラックなんて走っていたら、避けた方が無難。

トヨタのカローラから始まった国民車。ニッサンのスカイラインで人気に火が付き、気が付いたら日本人が日本人のために作ったわけですから、アメ車よりも日本の風土にもマッチして大人気。技術力もあきらかに追い越して、とにかく日本車は壊れなくなった。

崩壊したアメ車神話は、もう元には戻せないくらいにずたずたになったと思います。世界のリーダーと自負する、アメリカの国そのものを象徴しているような話です。でも、対岸の火事と笑ってばかりいられません。日本も、医療だけでなくいろいろな分野で空回りが目立つ昨今です。

物事の正しい価値を見極める力を身につけ、いろいろに変化にも柔軟に対応できるようになりたいものだと思うわけです。

2009年6月4日木曜日

停電マニュアル

整形外科クリニックの停電マニュアルなんてものは・・・やはり、ありません。

生命にかかわる機器を使用しているわけではないので、自家発電のような大げさなものは不要です。でも、昨日経験して、なるほど、ある程度の心構えというか準備は必要であることを実感しました。

特に、電子カルテを使用していると、クリニックの生命線はパソコンにあるわけですから、これがつぶれたらアウト。そして、レントゲンも、手作業で現像・定着作業をしているわけではないので大事なところです。そして、物理療法に使用しているいろいろな機器についての対処も確認しておく必要があります。

まず、電子カルテ。サーバーにしているパソコンは、まさに心臓なので、ふだんのデータのバックアップはたくさんあるにこしたことはありません。うちでは、サーバー自体がRAID構成にしてあるので、リアルタイムにサーバー本体にバックアップを取っています。

それから、別のパソコン2台にデータを1日に1回バックアップします。それと、すぐに使えるように電子カルテ一式をインストールした、ふだんはまったく使わないパソコンを1台用意しています。

ただし、これらはパソコンがクラッシュした時の対策。停電ではほぼ完璧にお手上げになります。

サーバーはデスクトップなので、無停電装置を設置してあるので、停電の時はシャットダウンするしかありません。この時に現在クリニック内にいる患者さんのリストなどをメモするしかない。

できるなら保険証情報も書き留めておく。昨日も、何かの時のためにまっさらな処方箋の紙は用意していたのですが、保険証情報が確認できずに使えませんでした。

受付やリハビリ室で使用しているクライアント専用の3台のパソコンはいずれもノートタイプ。こういう時ノートタイプはバッテリー内蔵なので、とりあえずいきなり落ちる心配はありません。古くなってそんなに長時間は持ちませんが、冷静にシャットダウンする時間は十分です。

さて、問題はレントゲンです。もしも撮影後の読み取り中だと、途中でストップです。これは復旧してもたぶんあきらめるしかない。読み取り途中の停電は、下手をすればCRカセットも駄目になるかもしれません。しかし、こちらには無停電装置のような物は設置できません。

レントゲン画像を管理するサーバーには無停電装置を設置していますので、送られてきた画像の整理までは大丈夫。データ保存用の1GBのHDDはバックアップ用と併せて2台。クラッシュした時のためにさらの同型のHDDを1台用意しています。ここまで用意したら、あとは謝るしかありません。

電子カルテ&電子レセコンでは、会計もできませんし、だいたいレジが動かない。手作業でやることはできなくはありませんが、かえって間違えたら後が面倒です。基本的には、治療の途中だったかたからはお金をいただくわけにはいきません。終わっている方は、次回来院することがあったときに精算させていただくしかないでしょう。

今回はたまたま昼間だったので暗くて困ると言うことはほとんどありませんでしたが、夕方以降だと懐中電灯が必要です。今までは、診察用の小さな物が2個あるだけですが、用意しておくようにしたいと思います。

100%というわけにはいきませんが、小さなクリニックでも危機管理対策が必要であることをあらためて思い知らされた一日だったわけです。

2009年6月3日水曜日

大停電

ニューヨークの話じゃありません。センター南医療ヴィレッジのあるビルの話です。

本日の午前11時半ごろ、ビルが停電になってしまいました。もう、完全にお手上げです。

たまたま、レントゲンの処理もしていなかったし、電子カルテも書き込みをしていなかったので、パソコン関係は事なきをえましたが、物理療法をやっていた患者さんは皆さん電気で使用する道具を利用していたところなので、途中で中止せざるを得ませんでした。

特に腰の牽引をしていた方には、大変ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。

結局、午前中は復旧できる見込みがたたず、診療も中止することになりました。幸い12時50分に元に戻って、いろいろ点検して午後からは普通に診療できましたが、とにかく大慌てです。

あざみ野棒屋先生のところのスタッフ、通称九の一はすぐに地下と一階のエレベータ乗り口に降りて患者さんを誘導していただき、本当にありがとうございました。

さて原因は東京電力の設備の事故だったようで、ビルには問題が無かったので一安心。それにしても、停電で命に関わるような設備は持っていませんからいいようなものの、開院以来初めての出来事で、いかに電気に頼っているかがよくわかりました。

パソコンが壊れることは想定していて、その場合の回避策は考えていましたが、停電はまったく考えていなかった。今後、もしかしたら地震などによって、もっと大きな事態に直面することもあるので、今日の事件をいい教訓にしたいと思います。

・・・・

思わず、目や耳を疑いたくなる6月1日夜の交通事故のニュース。

自分がよく通る場所、まさにその場所を知っている。その少し前まで、ほんの5分くらい歩く距離で仕事をしていました。

亡くなった近くの大学病院の看護師の方々。直接の面識はありませんが、整形外科病棟の中心で、自分からも日常の仕事ぶりが容易に想像できます。

その日まで一緒に仕事をしていた医師の方々の気持ちもわかる。面識のある病院の方々がインタヴューされている。

あまりに自分に近い事故で、いろいろな意味でショックです。合掌。

2009年6月2日火曜日

ちょっとイタリアン

まぁ、ちょっとだけですけどね。ちょっとですよ、イタリアンな雰囲気は。

威張ってお見せするほどのものじゃない。だって、説明するも何も、見たまんまですから。

鶏のもも肉をバジルなどのイタリアンスパイスでソテーにしてピザのチーズをぱらぱらとまいて溶かしました。

手前はサラダ。トマトスライスを並べたところに、いろいろな葉っぱと角切りきゅうり、あとはソフトサラミをばらまいただけ。

こっちはプレーンオムレツ。だって10個で87円の特売で、山ほど卵を買ったので使わなくっちゃ。

カロリーの多いところと少ないところを考えているくらいが、多少いいところでしょうかね。でも、オムレツにマヨネーズかけちゃダメですね。

2009年6月1日月曜日

雨ふりキャンプ

なんとなく湿った天気が続いて、このまま梅雨に突入してしまうのかなぁ。日本は四季があって、それぞれの季節の違いが日本人の感性を磨いてきたのですから、梅雨は必要なものではありますが、やはりあまり楽しい気持ちにはなれません。

6月というのは、珍しく祝日のない月です。無駄な休みがないことは、悪いことではありません。特に開業医にとっては、診療実日数が直接生活に響きますから、5月のように、やたらと連休があっても、少なくとも自分にとっては嬉しくはない。結局その分当直が増えるだけなのです。

まぁ、それはともかく、やはり雨というのはやはりあまり嬉しくはありません。最近はまったく行けないので、道具も錆びついてしまっているキャンプ。けっこう雨にたたられた経験があります。

わざわざ琵琶湖に行ったときは、大雨でテントサイトも水びだし。テントのまわりにしっかりと溝を掘って、水を誘導しました。

那須に行ったときは、洪水警報で管理人の人がわざわざ避難勧告をしに来ました。しょうがないので、こどもたちは車の中で寝かせて、大人だけテントにいたことがあります。

極めつけは、10月の箱根。大粒の雹がどかどか落ちてきて、どしゃぶりの中で、テントが浸水。中まで水が入ってきて、こっちはびしょ濡れです。寒いなんてモンじゃない。氷水に浸かっているようなもんです。ちょっとでも動いたら寒くてしょうがない、というか動けないというのが本音。よく凍死しなかったなぁ。

しかし、これだけ雨に降られれば、たいていの雨は怖くない。雨の撤収なんてお茶の子さいさいです。タープを残して、その下にブルーシートを敷いておく。そこでどんどん荷物を整理して、車に詰め込みます。最後にタープの濡れた表面を裏にしてたたむ。

あとは一目散に帰ってくるだけ。タープは帰ってから広げて乾かします。まぁ、そんな知恵はオートキャンプの入門書などには、さんざん書いてありますから、誰でもやっていることでしょうけど。